作者から


オルガン職人の道に
 私は子供の頃から木を削って模型を作ったり、機械仕掛けの物を作ったり、直したり(時には壊したり)する事が大好きで、特に指先の器用さには大変自信がありました。将来は手作りで物を作る職人になりたいと思っていましたが、高校3年生の時に父の知り合いで、日本で初めてパイプオルガンを制作した辻宏氏のオルガン工房を訪ねる機会があり、その仕事のスタイルにすっかり魅せられてしまいました。
 そこは岐阜県の奥深い山の中にある廃校になった木造の小学校で、その内部をオルガン工房に改造してあったのです。昔の職員室は設計室に、理科室は木工機械の並ぶ製材室に、入り口の土間の天上は2階まで吹き抜けになって、大きなオルガンの組み立て室に、給食室はそこにあった大きな缶で鉛と錫を溶かしてメタルパイプのシートを作るパイプ室にと改造され、日当たりの良い校庭には周りの山から切り出された木材が山積みになって干されていました。そして全ての部品を昔ながらの工法で1つ1つ作り上げていくのです。
 1984年、東京の高校を卒業した私は、辻氏にお願いして住み込みで工房で働かせて戴く事になり、それから10年8ヶ月の間、教会堂や音楽ホールなどのオルガンの制作や、ヨーロッパの歴史的オルガンの修復に携わる事になったのです。

辻オルガン在職中に制作に携わった最大のオルガン(岐阜県サラマンカホール)
風箱、笛(リード管)、吹子(ふいご)、装飾など、主要部分の制作を担当しました。


自動オルガンの構想
 オルガン工房で働き始めて3年近くたったある日、「孔を開けて曲を記録した紙で演奏するオルガンがある。」という話を聞き、「紙に孔を開けて曲なんか記録出来るのか?」と疑問に思った私は、機械いじりの好きな本性が現れてオリジナルの自動オルガンを考案して作ってみました。笛を立てた本体の下にアコーディオンの蛇腹の様な吹子(ふいご)を付けた不思議なオルガンで、手で吹子を広げて置くと自重で吹子を潰しながら笛を鳴らします。高さが低くなって行くに従って、自動的に曲を記録した薄紙が巻かれて行く仕掛けで見事に自動演奏出来たのですが、吹子が小さかった為に演奏時間は僅か4秒でした。
 すぐに吹子を大きくしてハンドルで持ち上げる様にした2作目を設計して制作、2年掛かりで改造を加えて演奏時間は15秒程になり、曲数も4曲に増えました。この自動オルガンは大変評判が良かったのですが、性能に限界を感じた私は「さまざまな曲を長時間演奏でき、誰もが楽しめる自動オルガンを作りたい!」と思い、手回しオルガンの制作を考える様になりました。

最初に考案した自動オルガン
 2作目のケースに収められたオルガン

 それから様々な試行錯誤を繰り返して制作を試みたのですが、やはり想像だけでは不明な部分が多く、参考にできる実物を見てみなければ先に進めない状態が続きました。
 しかし当時は国内にオルゴール館などほとんど無く、あちこち訪ね歩いた末に山梨県清里の「萌木の村」という施設に出来たオルゴール館に、ストリートオルガンが展示されていると聞いて訪ねて行きました。館内に展示されている様々な自動楽器の中にブック(厚紙に孔を開けた音楽ソフト)タイプのストリートオルガンがあり、ここで実物を調べさせてもらう事で、ようやく疑問点が解消して先に進めるようになりました。
 工房に帰ってからすぐに新しい手回しオルガンの構想を練り始めたのですが、私の耳に残っていたのは清里で聴いた大きなディスクオルゴールの音色でした。その気品のある美しい音色に比べると、ストリートオルガンの音は私にとって物足りない音でした。何とか自分の手で美しいオルゴールの音色に負けない手回しオルガンを作りたいと、「美しい音色」、「高い音楽性」を最大のコンセプトにして設計を始めたのです。
(現在は清里「萌木の村」のオルゴール館には世界的にも貴重な「リモネール1900」を始め、国内トップクラスの自動オルガンが展示されています。)

1989年に描いた、後の「オルガネッタ1型」のイメージスケッチと正面図


時代を越えて残る職人の技
 新しい手回しオルガンの設計が出来た頃、大きな仕事に携わる機会がありました。
 辻氏は現代のオルガンよりも、数百年前のオルガンの方が良い音がする事に気付き、ヨーロッパの歴史的オルガンの修復作業を通して昔の職人の技術を学び、新しいオルガン造りに生かそうとしていました。
 1989年に私もスペイン、サラマンカ大聖堂にある約400年前(ルネッサンス期)のオルガンの修復作業に加わりましたが、この体験が私の価値観に大きな変化をもたらしました。とにかく昔の職人の仕事の素晴らしさに圧倒されたのです。
 例えば、内部に使われている釘は鍛冶屋が1本1本作った物ですが、400年も木の中に打ち込まれていながら表面が僅かに錆びているだけで、金ブラシで軽く擦るだけで新品の様に輝き出します。これからまた数百年は軽くもちそうで、これこそ千年使える釘だと思いました。誰かが修理で打った新しい釘もありましたが、こちらは数十年しか経っていない筈なのに木の中で腐ってしまい、抜こうとすると頭だけちぎれてしまいます。
 またオルガンの内部はあちこちに紙を貼って空気漏れを塞いでいる箇所があるのですが、この紙も現代の紙に比べて比較にならない程丈夫で、接着剤のニカワを溶かす為に熱い蒸気で蒸して端からめくり取って行くのに、殆ど破れる事がありません。しかも非常に均質で滑らかな表面に仕上げられているのです。これだけ科学が発展した現代でさえ、釘1本、紙1枚昔の職人の技に遠く及ばないのですから、全く不思議としか言いようがありません。
 そして誰も見ることのない内部構造の制作に、恐るべき手間暇を掛けて耐久性を上げる為の工作がなされていたのです。400年前のオルガンを修復出来たのは私達の努力もありましたが、昔の職人が予め数百年は軽くもつ様に造ってあったから、修復出来たのです。
 その音色の素晴らしさと仕事の凄さに、職人の誇りを見せつけられた思いがしました。

サラマンカ大聖堂のルネッサンスオルガン
 鍵盤の修復作業中の私


「オルガネッタ」の完成
 スペインから帰国した私はすぐに新しい手回しオルガンの制作に取りかかりました。
 仕事の合間や休日、夜間に工房を借りて、文字通り寝食を忘れて取り組んだので、数々のトラブルに見舞われながらも驚くことに約10ケ月で何とか完成してしまいました。その間の様々な出来事は書き上げたら切りがありませんが、ただただ無我夢中でした。
 最初に奏でる曲はバッハの「主よ人の望みの喜びよ」に決めてありました。そして初めてそのオルガンから曲が鳴り始めた時、私はハンドルを回しながら目頭が熱くなるのをこらえきれませんでした。「孔を開けて曲を記録した紙で演奏するオルガンがある。」と聞いてから約3年半たっていましたが、「こんなオルガンが作りたい!」と自分が頭に思い描いたオルガンが、ついに現実に目の前に存在して音楽を奏でている。という事実が何だか信じられなかったのです。それは紛れもなく日本初の手回しパイプオルガンの誕生でした。
 私はスペインでの修復作業や今まで携わってきたオルガン制作を通して、オルガンとは本当に素晴らしい楽器だと感じながら、日本では非常に馴染みの薄い楽器であることが残念でなりませんでした。「もっと多くの人々に身近に楽しんでもらえ、しかも自分が携わって来た楽器と同じ様な高品質のオルガンを作れないだろうか?」
 そうした想いで制作したこのオルガンに私は「オルガネッタ」と名付ける事にしました。
 1995年、お世話になった辻オルガンを離れ、「萌木の村」社長船木上次氏のお誘いで清里に移住しました。そしてベルギーやドイツの自動楽器工房で研修した後、「萌木の村」の村内に「オルガネッタ」制作と自動楽器修復の為の工房を立ち上げました。
 1996年には一回り大きな「オルガネッタ2型」も完成し、その後オーダーメイドで作り続けて2015年現在、約40台の「オルガネッタ」が全国各地で楽しまれています。

2010年清里「萌木の村」内の工房にて。1990年に完成した最初の「オルガネッタ」(左)2009年完成の28台目の「オルガネッタ2型」(中央)制作中の「オルガネッタ1型」(右)



 以前に、清里のオルゴール館「ホール・オブ・ホールズ」で解説員を務めておられた方が、「オルガネッタ」についてコメントをお寄せ下さいました。


 オルガネッタに出会ったのは12年前のこと。当時は仕事柄毎日のようにオルガネッタを廻し、そのやわらかな音色の虜になっていました。
 そして製作者の脇田さんからいろいろな話を聞くうちに、さらにファンになっていきました。
 オルガネッタ製作に寄せる並々ならぬ熱い思いを知り、工房でひとり黙々と作業し続ける姿に職人気質を感じ、製作中の姿と飼い猫(吟ちゃん)の話をする時のギャップに驚き…。
 知れば知るほど魅力的なオルガネッタ。演奏するだけでなく、何か他にも関わりたい。そんな気持ちから実現したブック作りはとても楽しい作業でした。ひとつ孔を開ける度に音がひとつ生まれると思うとわくわくし、時間を忘れて没頭したものです。
 いつか自分でも持ちたいと思うものの、オルガネッタはひとりで演奏するものではなく、誰かに聴かせてこそのオルガン。そのイメージが描けないうちはなかなか思いきれません。今は清里や六甲へ行って演奏を楽しんでいます。
 もしオルガネッタを持つことになったら、演奏を楽しむのはもちろん、時々清里へ出掛けてブックを作らせてもらいたいな、などと夢見ています。そのころには何台目のオルガネッタになっているのでしょう。



清里にお見えの時には、ブックの孔開け作業を手伝って戴いた事もありました。
暖かいコメントを有難うございました。


〒407-0301
山梨県北杜市高根町清里3545萌木の村内
脇田直紀手回しオルガン工房
TEL.0551-48-3535(代表ホール・オブ・ホールズ)